Hardcore Rider

日常の煩悩こそが人生の愉しみだっ!

サディスティックドリームズ

介護は突然やってくる。まるで標語のような感じだが、事実だった。ワシが四十五歳の時に父も母も介護が必要になってしまった。

ワシは在宅で親の介護をしようと決断した。それはかなり重いもので数年間ワシを苦しめた。こちらが良かれと思ってする事は介護される側は望んでない事の方が多かった。それと、うちは子の言う事を聞く親ではなかった。毎日が格闘だった。ワシの頭はこの数年で真っ白になった。

やがて五年が経ち父が病で逝った。正直これで少しは楽になるなぁと思った。ところがやることは同じ事、一人も二人も大変さは変わらないのだ。救いは、母はワシの言う事を聞いてくれるようになった事だ。父が逝って気持ちが変わったのだろう。

ワシはかなり気の入った介護をしたつもりだ。それはケアマネジャーから言われて初めて知った。よそ様はそこまで介護しないと。

しかしそれでもワシは毎日悩んでいた。果たしてこれでいいのか、これで母は快適に暮らせてるのか、幸せなのか。何が正解で何が間違いなのかを探りながらの生活だったが、数年が経ちやがて認知症が進み母はワシの手に負えない状態になってしまった。

そして一つの決断をする事になるのだっ!施設に入ってもらおう。その方が快適で幸せな人生を歩めるだろうと。母が施設に入ると言う事は、死ぬまでもうこの家に帰らないという事でもある。それはワシにとってかなりの重圧で、大きな決断だった。決断まで悩みに悩んで何かを振り切ったように思う。

ところがだ、施設に顔を出すたび家に帰りたがる母をなだめる日々が続くのだ。こんな辛いことは無い。こんなに酷な事は無い。これで良かったのか!そんな迷いが頭を持ち上げてワシを苦しめた。施設に入りさえすればワシは悩みから解放されると思っていたが、入ってからもずっと続いたのだ。

やがて母は父同様病で逝った。葬式が終わりワシにとって怒涛の十年が過ぎた。何もかも過去になった。全部終わった。そう思っていたがまだ続く。

もう数日で母の一周忌だ。逝って一年が経ち、ワシの悩みは夢の中で暴れている。あれで良かったのか!あの決断で良かったのか!介護の生活が繰り返し繰り返し夢の中で再現されている。まるでホラーだっ。